5ALoyaltySuiteサイトでは、デジタル社会におけるマーケティングについて著名なマーケターのインタビューやセミナー登壇記事を公開しています。
今回のインタビュー記事でご紹介するのは、ブランド開発のコンサルティングを専門に行うHenge Inc.を設立した廣田周作氏。独自のブランド開発の手法をもち、さまざまな企業のブランド戦略の立案や、イノベーション・プロジェクトに参画する氏は今注目すべきマーケターです。最新のデジタルマーケティングについて、世界の事例を交えてお話を伺いました。
インフルエンサーが起業家になる時代
廣田氏:企業が成長を続けていくには、新しい技術やコンセプトに基づいたプロダクト開発をすることによってイノベーションを起こすことが求められます。こうした中で、私は世界中のイノベーション事例を調査しながら、様々な産業のクライアント(自動車や、化粧品、食品、IT、音楽業界に到るまで、様々な企業)の研究・開発における戦略策定を支援する仕事に携わっています。
マーケティングの領域でも近年、大きな価値転換が起こっていると考えます。デジタル化により、それまで垂直統合され、一体化されていたIP(コンテンツ)とディストリビューション(流通)が明確に分離されてきたのです。出版や自動車のディーラーがわかりやすい例ですが、かつてはIP(コンテンツやプロダクト)をユーザーに届けるには、ディストリビューション、つまり流通やプロモーションの機能を同時に用意しなくてはならないというハードルがありました。しかし今では、製造のための施設や、流通網などのアセットを持たない個人でも、Shopify(ショッピファイ)などのECプラットフォームを使えば、簡単にECサイトをつくって、グローバルにマーケティング活動ができる環境になっています。また、Instagramにフォロワーがいれば、広告を打たずに自らのブランドを告知することも簡単にできます。ここがITが変えた最も重要な点の一つですね。
現在、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタリストの間ではEnterprisation of the consumerという言葉がよく口にされています。「ユーザーの起業家化」という意味ですが、既にわずかな費用で自分のアパレルや化粧品、ゲームの分野で自分のオリジナルの製品を簡単に立ち上げられて、販売までできてしまうプラットフォームが登場し、人気となっています。たとえば「ca.la」というサービスでは、ユーザーが自分でTシャツやパーカー、バッグまでをアプリ上でデザインすることができるのですが、このサービスは、世界の50以上の工場をネットワークしているため、生産から受注管理、配送までを一気通貫でしてもらえる環境を実現しています。センスがよく多くのフォロワーを持っていれば、いくらでも個人でビジネスができるようになってきているのです。
左:ECプラットフォーム「Shopify」https://shopify.com
右:自分でデザインしたアパレルを販売できる「CALA」https://www.ca.la
女性歌手リアーナのコスメブランド「フェンティビューティ」
https://www.fentybeauty.com
ユーザー側・プラットフォーム側の双方がレベニューシェアで利益を得る仕組みに支えられEnterprisation of the Consumerが盛り上がる中で、インフルエンサー自体が自分のブランドをつくり新しい価値を世の中に発信するという動きも出てきています。女性シンガーソングライターのリアーナが展開するコスメブランド「FENTY」は、その顕著な成功例のひとつです。リアーナは、既存の化粧品メーカーがいろいろな人の肌の人に合わせたファンデーションが提供されてないことに疑問を抱き、40種類ものカラーバリエーションを持ったコスメブランドを立ち上げて熱烈な支持を集めました。リアーナのインクルーシブな視点が高く評価され、現在はLVMHグループからの出資を受けて、事業をさらに拡大しています。
ライブ化するEC、メディア化する店舗
私が注目するサイトのひとつに、火曜日と水曜日にだけ放送する米国のニューリテイル「NTWRK」があります。この新しいスタイルのリテールは、オンライン上で動画をストリーミングすることを軸としています。動画では、有名なラッパーやシェフなどを毎回招いて、ナイキやアディダスといったスポーツブランドとのコラボ商品を紹介し、当日の放送時間内に限定して販売しています。時間限定で、特別な商品を提供することを、ドロップカルチャー(シーズンにとらわれず好きな時に商品を発売すること)、エフェメラル(“はかない”“消える”の意味)マーケティングと呼びます。音楽業界で、新曲が発表されることをドロップというところから派生して、ファッション業界がそのアイデアを取り入れているわけですが、既存の慣習を破る売り方です。極めて限定された魅力的な商品をライブで売る手法の力は物凄いものがあり、ストリート系ファッションの重鎮ジェフ・ステイプルとナイキのコラボ商品を扱った回では、わずか10秒で20,000足を売りました。
また、海外では新しい売り方が広がるとともに、リアル店舗の在り方が変化しています。Retail Meets Mediaという言葉がありますが、「店舗のメディア化」や「店舗のスタジオ化」が進んでいるのです。アップルはサンフランシスコの直営店舗の呼び名を「アップルストア」から「アップルユニオンスクエア」に変えてしまいました。そこには、売るだけの場所ならネットでいいので、フィジカルな場所はサービスや体験の場として再定義しようという意図が見られます。店舗を顧客サポートや教育、あるいは新製品体験を提供する場所へと再定義しました。カジュアル系ファッションブランド「アメリカンイーグル・アウトフィッターズ」も旗艦店の中に、新製品の展示だけでなく、洗濯機や乾燥機を置いたり、ミシンでパッチワークができるスペースが設けたり、店舗を“商品を売る場”ではなく顧客への“サービスの場”として展開しています。
アップルユニオンスクエア(米Appleサイトより)
今、大きく話題を集めているD2C系の最新ブランドの動向を見ていると、ニューヨークのソーホーのような特別な場所に一つだけリアル店舗をつくる流れがあります。その店舗で何をしているかというと、インスタグラムなどで情報発信するためのスタジオのようや役割を担っています。以前、企業サイト内にブログなどのオウンドメディアをつくり、見込みユーザーに検索して発見させ、アクセスしてもらおうというインバウンド・マーケティングが活発に行われた時期がありましたが、うまくいっていません。失敗の理由は、本社広報部門などをユーザーから遠く離れた場所にメディアをつくったからです。ユーザーに近いリテールの現場にこそ、メディアをつくるべきだったのです。ラグジュアリーファッションのECサイト「マッチスファッション・ドットコム」も、リアル店舗内のスタジオからポッドキャストで情報を発信して成果をあげています。これからのリアル店舗は、ブランドのビジュアル戦略や顧客やファンのコミュニティづくりを担う重要な場になっていくでしょう。
学び、楽しみながら、新しい領域を探索
私は日本のマーケティングの現状に、いくつかの問題点を感じています。
そのひとつが、Techへの偏りです。DXの進展によりTech領域が広がれば広がるほど、日本企業のカルチャー領域への理解不足が心配になります。たとえばグローバルで支持されているブランドをみると、アメリカのヒップホップカルチャーの強い影響を受けているものが多くありますが、そうしたカルチャーを積極的に理解しリスペクトするマーケターは少ないように感じます。NIKEもTiktokも、みんなカルチャーへの理解があるのです。最近のできごとに重ねていうなら、Black Lives Matterの運動に呼応したコミュニケーションをしようとしても、文化的・社会的な背景を知らなくては、うわべだけのメッセージであることが透けて見えて、真の共感を得ることはできないでしょう。
文化的・社会的な領域の理解は、2020年に全世界の消費者の40%を占め(英国Stylus Media Group調べ)、有力な購買層となりつつあるZ世代へのアプローチにおいても大切といえます。Z世代は、環境活動家グレタ・トゥーンベリに象徴されるように、社会的イシューに非常に敏感な世代だからです。
TikTok App Storeより
また、デジタルネイティブである彼ら彼女らに、従来のマスマーケティングは通用しません。Z世代に強い影響を持ち、新しいヒットやムーブメントの源泉となっているオンラインゲーム「フォートナイト」やショートビデオプラットブラットフォーム「TikTok」にどのくらいのマーケターの方が関心を持っていらっしゃるでしょうか。
常に新しいものを探索し続けることは、楽ではありません。しかしブランドやマーケティングに関わる者は、本業を超えて世界中のカルチャーや歴史を学び、スポーツやエンタテイメントに自分自身が深く触れながら、新しい価値を探索し続けなくてはならない時代なのです。
Henge Inc. 廣田周作氏 プロフィール
1980年生まれ。放送局でのディレクター職、広告会社でのマーケティング、新規事業開発・ブランドコンサルティング業務を経て、2018年8月に独立。企業のブランド開発を専門に行うHenge Inc.を設立。英国ロンドンに拠点をもつイノベーション・リサーチ企業「Stylus Media Group」と、米国ニューヨークに拠点をもつ、大企業とスタートアップの協業を加速させるアクセラレーション企業の「The Current」の日本におけるチーフを担当。独自のブランド開発の手法をもち、様々な企業のブランド戦略の立案サポートやイノベーション・プロジェクトに多数参画。また、WIRED日本版の前編集長の若林恵氏と共同で、イノベーション都市・企業を視察するツアープロジェクトのAnother Real Worldのプロデュースも行なっている。自著に『SHARED VISION』(宣伝会議)など。