マーケティングを真ん中に置く経営が日本の未来を切り拓く 元味の素 大泉裕樹氏、トランスコスモス福島常浩対談

インタビュー

トランスコスモス 福島が、最新のマーケティング事情についてゲストを招いて語らう対談。第2回目は、日本企業のマーケティング業務の課題と機会についてJFOODO(日本食品海外プロモーション・センター)事務局長の大泉裕樹氏にお話を伺う。大泉氏は、日本の大手総合食品企業において、国内外の要職を経験しながらグローバルのマーケティング業務を体系化。その後、外資系企業や政府機関等、対照的な組織においてマーケティングの責任者を歴任されている。その視点から、国内外のマーケティングの状況、未来を切り拓くために日本企業が目指すべき姿など『マーケティング4.0』以降の未来を語り合う。

グローバル企業の経営トップは「マーケター」

福島:日本企業とグローバル企業の両方でマーケターとして活躍されてきた中で、大泉さんが日本と海外の違いについて感じていらっしゃることをお聞かせください。

大泉:日本と海外では、マーケティング部門が機能部門か事業部門かという大きな違いがあります。日本では、一部の消費財メーカーを除いて、マーケティング部門は調査や広告宣伝などの機能部門とされることが一般的です。一方海外では、マーケティング部門は、企業戦略を最終消費者の視点から捉えて計画し実行することを担う、事業部門とされています。

日本という国は終戦後に、急激な人口増加と経済成長が起こり先進国に仲間入りしました。この間、国内市場で物が足りない時代が長かったため、企業はとにかく生産効率の向上を優先するようになり、その結果、マーケティングは軽視されるようになってしまいました。それに対して、日本よりも多様性に富み貧富の差も大きい市場を相手にする海外のグローバル企業は、マーケティングを重視しないと経営が成り立たなかったということではないかと思います。グローバル企業のマーケティング重視をする姿勢は、経営のトップに立つ人材のほとんどが事業部門でのマーケティング経験者であることに象徴されます。

福島:今のお話で、かつてP&Gが米国で全15段を使って出稿した新聞広告を思い出しました。著名な経営者を何十人も登場させて、「彼らは、全員P&Gの卒業生です」というコピーを添えた広告で、P&Gでマーケティングを学んだ人材が、それを基盤に羽ばたき、一流企業のトップになっているということを表現したものです。日本ではマーケティング畑から生まれた経営トップは必ずしも主流とはいえず、特に伝統と権威あるメーカーでは、ほとんどが技術系部門や財務系部門の出身者が多いように見受けられます。

大泉:経営トップの他、ファイナンス部門の機能も日本と海外で大きな違いがあります。グローバル企業のファイナンス部門には、ビジネスコントローラーという職種があります。ビジネスコントローラーは、マーケティング活動をファイナンス面から評価できる知見を持っており、「過去にどんな施策でどれだけの成果が出た」といったデータや仮説、数式を駆使して、マーケティング計画に関与します。しかも単にコストを抑えようと働きかけてくるのでなく「こんな中途半端ならやらないほうがいい」「目的を達成するなら、もっと広告宣伝費をかけるべき」といったアドバイスも行います。こうしたビジネスコントローラーの存在が、グローバル企業の高利益体質を支えているのだと感じます。

日本にも求められる「職能としてのマーケティング」

福島:私はある外資系企業で仕事をしていた時に感じたのですが、海外ではマーケティングが完全に一つのスキルとして認識されています。

グローバル企業の人材は、「自分がよりキャリアアップしていくために、どの部署を経験しマーケティングスキルを積んでいくか」を計算しており、ジョブ・ポスティング(社内公募)などの機会に、今の自分よりも賃金の低いとされるポジションにあえて応募することにも躊躇しません。ほとんどの人材が、人事部からの辞令に従ってジョブローテーションしながらキャリアを積んでいく日本企業では考えられないことです。

大泉:今のお話で、私が最初に働いた会社の上司の「職能としてのマーケティング」という言葉を思い出しました。財務や法務のスキルが職能として認められているのに、マーケティングがそうなっていないことへの憂いが込められた言葉です。マーケティングが職能として認められない原因に、マーケティング業務の位置づけがあります。日本企業のマーケティング業務は、事業活動の後工程であり、ものづくりが終わった後の広告や宣伝などに重きが置かれます。グローバル企業では、事業活動の前工程としてマーケティング業務があり、自分たちの立案した計画がどのように実行されるかまで責任を持ちます。

日本では、前工程としてマーケティングを位置づけていないことにより、ブランディングやネーミングも本来とは異なる姿になっています。マーケティングが前工程であるという考え方に立つと、先にブランティングをして、ブランドの提供価値を明確化して、それにあった新製品を作ります。つまりブランドという「名前」があって、その約束事を守った「製品」が出ることによってブランドの価値が蓄積して行き、ロイヤルティを高めていくのです。一方、マーケティングを後工程として考えていると、出来上がった「製品」に「名前」を付ける、ネーミングに終わりがちです。「ブランディング」でロイヤルティは高められますが。ネーミングでは高められません。

福島:マーケティングすなわち価値創造は、手順を踏まえることが大切ですから、ブランドの本当の意味を企業やマーケターが正しく理解していないのは大問題です。品質や機能だけでなくデザイン、信頼性、サービスなどを含むトータルな知覚品質が商品価値でありブランドである。こうしたマーケティングの基本が、一流企業の活動においてもないがしろにされることが日本ではよく見られます。

日本が欧米流に勝る道

福島:日本はいろいろな文化を取り込むことが上手だと言われていますが、ともすれば世界中で日本だけが違っているという場合が多々あります。

日本では、1950年代からマーケティングが注目され、主に米国のマーケティングを勉強してきました。そして、先進的な企業によってマニュアルづくりも行われるようになり、日本流のマーケティングプラットフォームも見えはじめてきた1980年代。

ところが1990年代に入ってインターネットが登場し、マーケティングのパラダイムが大きく変化し、「デジタルとアナログの融合への答えが見つからない」「コトラーが提唱する5Aなどの理論をうまく活用しきれない」といった混乱の中で、ガラパゴス化が進んでいる気がします。しかも日本だけがグローバルな基準に乗り遅れているようにさえ見えるのが現状です。

大泉:一方、日本企業こそが欧米に勝る道はあると思います。日本では武道や芸能の世界において、修行の段階を表す「守破離」という言葉があります。千利休の「規矩作法、守り尽くして破るとも本を忘るな」という訓から来たと言われています。

「守」は、流派の教え、型を徹底して学びそれを守る段階、「破」は、流派の教えにないものを試し模索する段階、「離」は、その双方に立脚して、独自のものを発展させる段階です。

グローバル企業では、「破」や「離」へ進むことは難しく、徹底して「守」を行うことが求められます。各企業に踏まえるべきマーケティングの型があり、そこからはみ出ることが認められないのです。自動車の運転に例えると「このカーナビを使いなさい」「マニュアル車ではなくオートマ車を運転しなさい」「必ず舗装されたルートを全速力で走り、決まった時間に目的地まで到着しなさい」といった具合に、ルールが決められて、その通りにマーケティング業務を遂行するように訓練され、ローカルでもその通りにやる圧がかかります。それでは、各ローカルでは、程度の差こそあれ本国でのマーケティングのアダプテーションが中心になり、真っ白な紙にコンセプトを描く、ゼロベースで市場創造をすることは難しいというのが実態です。味の素では、未舗装道を地図もなしにマニュアル車でぐいぐい行くことが、海外市場開拓の基本でした。「守」で型の訓練をやり直し、「破」で新しい方法論を学んで、「破」の境地に至る。これは、逆に日本企業にしかできないように思います。

福島:「守」に固執しない日本は、困難な状況に向き合った時に柔軟に切り抜けることが得意なのかもしれません。ただし「守」、拠り所となるルールやマニュアルを持たないことは、日本の弱みにもなります。ルールやマニュアルを持っていれば、そこに変化を書き足すだけで、知見を蓄積していくことができるからです。知見やデータを蓄積し、価値創造やイノベーションを起こす力にしていく。こうした観点では、日本は欧米流のデータオリエンテッドで論理的なマーケティングに学ぶところが多いのではないでしょうか。

「メイクセンスする」ことが、日本のマーケティングを変える

福島:日本という国には、バブル期以降、経済成長ができていないという事実があります。国連統計を見ると、2000年から2018年までの日本のGDPの成長率は、プラス約1%にとどまっています。この数字は、先進国でも図抜けて良くないものです。IT領域を中心に、目覚ましい技術革新が進行しているにもかかわらず、これほどまでに成長できていないのは、とんでもないことです。私は「停滞の原因は、日本のマーケティングに対する意識の低さにある」と考えています。日本ではマーケティングを司る省庁がありませんが、たとえばインドネシアなどではMarketingを冠する大臣がおり、自国の未来のために取り組むべきマーケティング活動の推進にあたっています。

大泉:従来の延長線上に、日本の未来はないといえるでしょう。国家もそうですが企業も、事業の前工程でマーケティングを行い、市場創造ができる価値のあるものを作り、需要を強く刺激するプロモーションを立案し実践しなくてはいけません。言い換えると、マーケティングを真ん中に置く経営が求められるのです。

経営の真ん中に置くマーケティングを成功させるには、これまで軽視してきた「メイクセンスする」、つまり意味がわかり合理的であることにもっとこだわる必要があります。例えばマーケティングの目標設定をする時には、「ブランド価値の醸成」と言った抽象的な漢語ではなく、「このブランドでなければダメという人を増やす」と言った具体的な大和言葉を使って課題をわかりやすく定義し、その解決に向けてクリティカルシンキングやクリエイティブシンキングを重ねていく。さらに、大きな目標の下に個別の施策を並べて目標が達成を願えば、それが叶うとでも考えているかのような “お祈りマーケティング”から脱することも、「メイクセンスする」ことにつながります。必要なのは「祈り」ではなく、確かな「計画」なのです。

福島:システマティックな連鎖のない施策を並べるだけで、目標達成に向けた状況をチェックするKPIを設定せず、マネジメントが存在しない“お祈りマーケティング”は、日本の多くの企業において見られます。

では、目指す価値創造に向けたプロセスを経営トップが明示し、そこに介入しながらマーケティングを真ん中に置いた経営を進めることで、日本企業はどこに向かうのでしょうか。

大泉:日本企業がマーケティングによってなすべきことは、外需を含めた市場創造です。内需は内需で非常に大事ですが、国内の人口減少が続く中で、外需に目を向けることなしに大きな成長を望むことはできません。

外需を取り込むために海外でマーケティングを展開する。その際に気をつけなくてはいけないのが、「アジアは日本の周回遅れ」などという考え方をしないことです。

海外においても、国内での活動以上に、業界全体や流通の構造をおさえた上で、その土地その土地の消費者の暮らしを見つめて、カスタマージャーニーを描きロイヤルティを重視したマーケティングを展開しなくては、継続的な市場創造を行い、事業を成長させていくことはできないと思います。

福島:本日は「日本とグローバルのマーケティングの違い」「未来を切り拓くために日本企業が目指すべきマーケティング」について、大泉さんにあらためて考えさせていただきました。貴重なお話をありがとうございました。

対談者プロフィール

JFOODO(日本食品海外プロモーション・センター)事務局長
大泉 裕樹氏
早稲田大学卒業後、味の素株式会社入社、国内営業(取引制度改訂準備を含む)部門、国内事業(「ほんだし」ブランド全製品の企画・開発から事業採算までのマネジメント)部門を経て、海外部門へ。グローバル共通のマーケティング・マニュアルのAJINOMOTO MARKRTING MANAGEMENT MANUAL、ブランド・モデルのAJINOMOTO BRAND SPOON、主要国横断型年次A&U調査の立ち上げを統括。ブラジルに赴任してスープVONOを発売しトップブランド化。その後、S.C.Johnson日本法人であるジョンソン株式会社のマーケティング・ディレクター、株式会社LIXLLの執行役員グローバル・マーケティング・オフィサー等を経て、2017年に政府によって設立された日本産農林水産物・食品の戦略的グローバル・ブランディング機関、JFOODO(日本食品海外プロモーション・センター)の初代事務局長に就任。


トランスコスモス株式会社 上席常務執行役員
福島常浩
1982年に東京工業大学大学院を修了。味の素株式会社にて多変量解析を用いた市場定義モデルの開発、マーケティング部門において家庭用新製品開発及び新事業開発のマーケティング責任者、コンビニエンスチェーンとの大型製販同盟の事業を担当。 その後、GE Capital、三菱商事、ぐるなび、メディカルデータビジョンを経て、ビッグデータ事業、デジタルマーケティング責任者等を歴任。日本マーケティング協会公認マーケティングマイスター、一般社団法人日本市場創造研究会理事・事務局長に携わる傍ら同志社大学で教鞭も取っている。2020年現在、トランスコスモス株式会社 上席常務執行役員としてマーケティング関連の事業開発を担当。

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