市場創造とはどのような概念でしょうか。顧客に選ばれ続けるためには、他社が追随できない価値を提供し続けることが重要ですが、どんなに優れた価値であってもそれを永遠に維持できるとは限りません。時代が移り変われば社会や市場、そして顧客のライフスタイルや価値観も当然変化していきます。市場に投入された当時は目を見張るような価値だったとしても、時代とともに陳腐化することは珍しくありません。コモディティ化や情報化がすすんだ成熟市場では特にこうしたケースが多くみられます。そうしたビジネス環境で企業が競合優位を実現し、持続的に発展していくために不可欠なのが市場創造という概念です。
21世紀のマーケティングは収奪型から顧客単価向上へ変化
20世紀におけるマーケティングは、市場の拡大基調に基づいた考え方や手法が主流でした。産業革命以降は世界の人口が爆発的に増えていたため、「市場は拡大する」という前提が揺るがないものだったのです。この頃のマーケティングは「奪い合い」を基本的な競争原理に据えたもの、つまり収奪型マーケティングでした。増大し続ける需要をいかに他社より早く、多く取り込めるか、需要はどんどん増大していくためその奪い合いがマーケティングの基本だったのです。
実はマーケティングは戦争のアナロジー(類推)です。たとえば単語から考えてみると、企業活動ではしばしば「戦略」という言葉を使いますが、その言葉自体は戦争の計画を立てることを表します。「戦術」も同様です。「戦」という文字が入っているので戦争の術、つまり戦い方のことを表現します。マーケティングは長い間、増大する需要の奪い合い、つまり相手との戦いという発想で語られてきたため戦争用語が用いられているのです。
しかし21世紀に入ると世界人口がターニングポイントを迎え、減少するようになります。市場は拡大しづらくなり、基本的には縮小傾向になります。コンマ数パーセントの縮小などたいしたことはないと思われるかもしれませんが、大違いです。たとえばたくさんの荷物を載せた重い台車を押すイメージをしてください。平らな道であれば苦労しません。しかしわずかでも下り坂の場合はどうでしょう。台車を押すことはとても大変になります。たとえ0.1%であっても、人口が増加もしくは減少している場合のマーケティングは根本的な発想を変える必要があるのです。
では人口減少時代のマーケティングはどのように考えるべきでしょうか。企業活動は売上によって回収されますが、売上は購入してくれる顧客の人数×年間の単価となるため、顧客が減っていく時代では顧客単価を上げていくほかありません。マーケティングの視点を、市場を奪い合うという視点から、どのように単価を上げていくかという視点にシフトさせていく必要があります。
顧客単価を上げるという発想は、顧客を育てるマーケティングと言い換えることができます。育てるといっても顧客を教育するというわけではありません。ひとりひとりの顧客に与える価値を大きくし、顧客を大きく育てていくということです。顧客は受け取るベネフィットの分だけお金を払いますので、2倍のお金を払ってもらおうとすれば2倍以上のベネフィットを与えなければなりません。
顧客価値向上のためにはロイヤルティマーケティングが必要
顧客に多くの価値を与えるためには何が必要でしょう。これまでも説明してきたロイヤルティマーケティング、つまり顧客との絆を深めて企業やブランドを信用してもらい、顧客に安心して価値を受け取ってもらうことです。しかしそれ以上に重要なことがあります。それは顧客に感じてもらう価値そのものを増やしていくことです。顧客の常識を変化させたり、新しい習慣を形成したりすることが必要です。たとえ同じ商品であってもこれまで気づかなかった使い方を提示できれば、顧客にいいねといってもらえる場面を増やすことができます。既存顧客や既存ビジネスの常識にとらわれずに顧客の潜在的な欲求を見つけ、それを満たす利用シーンや活用方法を開拓すること、これこそがまさに市場創造なのです。
市場創造は相手と戦い打ち負かすという従来の競争の発想とは全く異なる思想であるため、マーケティング戦略よりもマーケティング計画という表現がふさわしいかもしれません。もちろん市場創造を実現したあとの新たな市場で競争相手が登場した場合には、従来の競争マーケティングも必要になります。
ロイヤルティマーケティングと市場創造は強い関連性があり、顧客を大きな顧客にしていくために「深める」概念がロイヤルティマーケティング、「面を広げる」概念が市場創造です。世界でもトップクラスの市場創造の研究者である梅澤伸嘉博士は実証研究で、市場創造は既存市場の競争マーケティングに比べ成功率が100倍に近いと発表しています。同じ概念を別の言葉で伝えているチャン・キム博士も著書「ブルー・オーシャン戦略」の中で、これまでの競争マーケティングは、市場創造においては何の役にも立たないと批判しています。市場創造を実現するために、競争マーケティングとは全く異なる方法論が必要なことが理解できるのではないでしょうか。
相手と戦うには武器や爆弾を使いますが、人を育てる際に武器や爆弾は使いません。畑を耕したり肥料をまいたりしなければなりません。マーケティングも同様です。市場創造とロイヤルティマーケティングは同じ目的を持つものです。多くのベネフィットを与え顧客を幸せにできる機会を増やしていくことを目指しましょう。そうすれば顧客が大きく育つと同時に、ロイヤルティも向上していくのです。
福島常浩が御社のマーケティングをディレクションいたします
トランスコスモスでは、フィリップ・コトラーの提唱する5Aコンセプトに沿ってマーケティング戦略提案をいたします。実際のご提案に際しては、当記事の解説者である福島常浩がデジタル時代に最適化したロイヤルティマーケティングをサポート。まずは御社のお悩みをお聞かせください。
トランスコスモス株式会社 上席常務執行役員
公益社団法人日本マーケティング協会 理事
福島常浩
東京工業大学大学院修了後、味の素株式会社に入社。その後、GE Capital、三菱商事、ぐるなび、メディカルデータビジョンを経て、ビッグデータ事業、マーケティング責任者等を歴任。専門分野は、新事業・新製品開発、ブランド論、医療ビジネス、ロイヤルティマーケティング。トランスコスモスではマーケティング関連の事業開発を担当し、書籍 『コトラーのマーケティング4.0』 で紹介された5A診断を日本で独占的に提供している。