レジリエンスをご存じでしょうか。レジリエンスは日本語にすると復元力、回復力、弾力などと訳される言葉で、もともとは生態系の環境変化に対する復元力を表す言葉として環境学で使われていました。それが次第に心理学における人の精神的な回復力を表現する言葉として使われ始め、最近では経営学や組織論などのビジネス領域でも使われることが多くなってきています。
レジリエンスはなぜマーケティングで使われるのか
レジリエンスという言葉がなぜ経営学で盛んに語られるようになったのでしょうか。それは世の中の不確実性が高まっていることが大きく関係しています。先進国では高齢化が、新興国では人口増加がすすんだことで世界の労働人口は大きく変化していますし、テクノロジーの進歩は世界を目まぐるしいスピードで変化させています。こうした不確実性の高い環境を企業が生きのびるために、予期せぬ困難に対応できるしなやかさが注目されるようになっているのです。
VUCAという概念があります。これはVolatility(変動性・ばらつき)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字からなる言葉で、先の読めない激動の時代、すなわち環境が激変している現代の様子を指しています。VUCAの時代では人も企業もさまざまな荒波にもまれますが、ここで重要なのはひどい目にあったときに叩き潰されないことではなく、復元できることなのです。米国では同時多発テロ、リーマンショックなど、日本では東日本大震災などをきっかけにレジリエンスを意識する企業が増えていましたが、今回のコロナ禍によってレジリエンスの重要性はさらに高まっています。
コロナ禍では多くの企業やお店が打撃を受けている一方で、まったくお客さんが減っていない元気なお店がたくさんあります。私の友人に美容室を経営している人がいます。もともとは大きな美容室でしたが、いまはオーナーがひとりで常連客のみとっている小さな美容室なのですが、このオーナーの人柄が本当に素晴らしく、話しているだけで心が洗われるようで毎週通ってしまいます。この美容室は驚くことにコロナ禍でもお客さんが減りませんでした。もちろん最初の緊急事態の時はお客さんが減りましたがその後すぐに戻りました。コロナ禍による環境激変を生きのびたお店とそうでなかったお店の違いこそ、まさにレジリエンスの違いなのです。
レジリエンスの差はロイヤルティの差
このレジリエンスの差は、一軒一軒のお店に対するロイヤルティの差でもあります。実際、強固なロイヤルティを獲得しているお店はコロナ禍をかなりの確率で生きのびています。フィリップ・コトラーはロイヤルティについて、商品に対する単純な機能的ベネフィットではなく、情緒的なベネフィット、さらにいえばスピリチュアルなベネフィットであると述べています。スピリチュアルというのは精神的なつながりです。これからのマーケティングは企業やブランドと顧客の精神的なつながり、つまり本質的なロイヤルティを重視していかなくてはならないのです。
このように考えると、先の美容室はまさにロイヤルティマーケティングを実現しているといえます。なぜならば単に髪を切るという機能的なベネフィットを超えて、オーナーに会いたいという精神的な動機によって毎週行きたくなるからです。ロイヤルティマーケティングを追究していくと、コトラーが述べている情緒的マーケティング、文化的マーケティング、そしてスピリチュアルマーケティングに到達するわけです。
一過的なニーズに対応しているお店が決して悪いわけではありません。ロイヤルティを必要としない業態というのもあり、そういった戦略を否定するものではありませんが、残念ながら結果としてレジリエンスが低い傾向にあります。ロイヤルティマーケティングの大きなメリットのひとつはレジリエンスの強化です。これからの将来は気候変動なども含め、非常に大きな外部環境の変化が予想されます。こうした状況下で生きのびるべく、マーケティングが重要視すべきなのはロイヤルティマーケティングなのです。
しなやかさが求められる現代のマーケティング
ダーウィンの言葉に「生き残る種とは、最も強いものではない」という言葉があります。これはレジリエンスを本質的に説明しています。例えば硬い茎を持った植物というのは強い風が吹くと折れてしまって元は戻りませんが、葦やすすきといった細く柔らかい植物は強い風が吹いているときは倒れますが、風がおさまると元に戻ります。困難な状況を生き延びるために必要なのは硬さではなくしなやかさなのです。
これは植物の世界だけではなく、我々を取り巻く環境全般にいえます。人も企業も向かい風に無理に抗おうとするとそこで破壊されてしまうでしょう。過酷な状況に抗わずにいったんそれを受け入れるという態度こそが変化の激しい過酷な環境を生き延びるためには不可欠なのです。マーケティングも同様です。鉄壁なマーケティング戦略や精密な予測に基づき活動していくことが必ずしも正しいとは限りません。レジリエンスを追及するということは、あえてゆるい仮説のもとに計画を立て、少し実行してみては修正する。これを繰り返し、もしも大きな変化があったときには思いきって方針を変える。そして嵐がおさまったら元に戻してみるといったしなやかさが非常に重要になるのです。
福島常浩が御社のマーケティングをディレクションいたします
トランスコスモスでは、フィリップ・コトラーの提唱する5Aコンセプトに沿ってマーケティング戦略提案をいたします。実際のご提案に際しては、当記事の解説者である福島常浩がデジタル時代に最適化したロイヤルティマーケティングをサポート。まずは御社のお悩みをお聞かせください。
トランスコスモス株式会社 上席常務執行役員
公益社団法人日本マーケティング協会 理事
福島常浩
東京工業大学大学院修了後、味の素株式会社に入社。その後、GE Capital、三菱商事、ぐるなび、メディカルデータビジョンを経て、ビッグデータ事業、マーケティング責任者等を歴任。専門分野は、新事業・新製品開発、ブランド論、医療ビジネス、ロイヤルティマーケティング。トランスコスモスではマーケティング関連の事業開発を担当し、書籍 『コトラーのマーケティング4.0』 で紹介された5A診断を日本で独占的に提供している。